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2022/9/7

Column

これは簡単!?「新しいお寺の参り方」3/3

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大変お待たせしました最後のPOINT③とは、
やはり「仏法聴聞」でしょう。つまり仏法のお話(法話)を聞くことです。

特に浄土真宗のお寺参りは、「お聴聞」(仏法聴聞)に尽きるといっても過言ではありません。
普段ふらっと、「日頃の悩み」や「葬儀、法事の相談事」、「興味本位」などでお参りくださるのも大歓迎ですが、やはり浄土真宗のお寺参りとなれば、この「お聴聞」なくしてお寺参りとはいえません。

世間で言われる仏教のイメージは色々とございます。多くは仏事(葬儀、法事)の意味として広く言われる「亡き方の供養」といった死後のイメージでしょう。
ですが決して死後を説いているのが仏法ではありません。どこまでも今を生きる私という存在に向けられたものであって「愛しい方、親しい方の死を通して仏縁に遇う」というのが浄土真宗における仏事(葬儀、法事)の大きな意味です。

その「仏縁に遇う」という具体的な姿が「仏法聴聞」なのです。

「法話」(仏法のお話)という言葉がございます。一昔前なら「説教」、「説法」と言われていました。これ実は浄土真宗が伝統的に行ってきたものです。浄土真宗によって形作られたといっても過言ではありません。ですから浄土真宗の特色と言えば「法話」なのです、「仏法聴聞」なのです。
ですが、ご存知の方なら浄土真宗は「お念仏」(南無阿弥陀仏)と仰るかもしれません。もちろん間違いではありませんが、浄土宗も「お念仏」を大事にしていますので混同されるかもしれませんし、何より称えたら何かなるという意味合いが強くなるので、なぜ称えるかということを、まず聞いていくのが浄土真宗です。

「仏法聴聞」も聞いたら何かなるということではありません。タメになることを聞けるというのが法話ではありませんし、幸せになるための話でもありません。
つまり話している内容、言葉をつかむのが法話ではないということです。私たちの多くは得になるもの、有益なものは他人より先につかむものだと考えます。

ですから法話も、そのように考えるかもしれませんが、全くの逆で、つかむのではなく、つかまれるのです。
聞こえてくる言葉が離れない、そういう出遇いが仏法聴聞なのです。
仏法の世界が言葉となって私をつかんで離さない、そういう感覚が仏法聴聞なのです。
私の計らいでつかむのではなく、計らいを超えた仏法の世界がこの身をつかんで離さないのです。ですから一度ないし何度か聞いたら、何かが身に付くという世間の理屈によくあるセミナーなどの類ではなく、生涯を通し折に触れ、ただ聞いて味わう世界です。
繰り返すようですが聞いて何かを得ようとするものではありませんので、欠かさずお参りして聞かなくてはならないということではありませんので、ご縁に触れて、ただ聞いていく、これが浄土真宗のお寺へ参るということです。

いつお参りしてくださっても構いません。ですが「お聴聞」(仏法聴聞)は「年間法座のご案内」にある日程から、ご都合の良い日を選んでお参りください。
以前にUPしたPOINT①の「念珠」とPOINT②の「作法」があれば、あとはゆるりと僧侶のお取次ぎ(法話)に身を任せるだけ。御朱印巡りもいいですが、きっとそれよりも豊かな時間となることでしょう。

また今年は初めての取り組みとして『「法座を面白く。」はじめての法座』を開催しました。予想以上に初めての方、久しぶりの方、多くの方がお参りくださいました。今後も定期的に開催していくことに致しましたので、ちょっと躊躇なさっている方は『「法座を面白く。」はじめての法座』からお参りくださってみてはいかがでしょうか。

取って食いはしません(笑)。ですから定期的に話題にのぼる新興宗教のような勧誘もありません。仏教は古来より「来るもの拒まず去る者追わず」ですので、一度きりになっても構いません、日本の精神文化を支えてきた「お聴聞」、ぜひこのたびをご縁に新しいお寺参りチャレンジしてみてください。

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