2026/6/26
Column
ワレヲ照ラス、光ヲ聞ク。
この言葉は、聞光山照恩寺の名に込められた、浄土真宗の中心的な教えです。
この伝統は、昔からある教えだから受け継いできたわけではありません。
人が人として生きる、その足元を照らす教えだからこそ、時代を超えて今も私たちに響き続けています。

人間は、自分だけを拠り所にして生きられるのでしょうか。
私たちは時に、自由とは自分の思うままに生きることだと考えます。
しかし、本当の自由は、自分の計らいの中から生まれるものではないように思います。
計らいを超えた確かなものに出遇う。
その出遇いによって、一人ひとりの拠り所が明らかになっていくのです。
創造もまた、何もないところから生まれるものではないのでしょう。
確かなものに支えられ、受け継がれてきた歩みに触れるところから、新しい表現は生まれてくるのです。
伝統は、創造の反対ではありません。
創造は、伝統のないところからは生まれません。
だから、そんな伝統と創造が交わる場所でありたいのです。
Instagramより
(たまにはインスタグラムもお立ち寄りください笑)
