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照恩寺住職によるブログてらすブログ

2019/4/20

Column

宗派って気になりますか?

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宗派を気にしてくださる方は多いのだろうか、少ないのだろうか。そういうことを最近考えてしまいます。
照恩寺は、もちろん浄土真宗本願寺派でありますが、その他にも古来より、浄土宗や天台宗、真言宗に臨済宗、曹洞宗、日蓮宗といった数多くの「宗派」が存続しています。
その違いは?というと、それは「教義」というものです。つまり「教え」の違いです。ただそれだけです。ただそれだけですが、そこが何よりも大切なところでもあります。
私が何宗かと言える方は、お家が代々受け継ぐ宗派をご存知であるということです。そういった方も珍しくなってきましたので、関心をお持ちくださっていることでは有難いのですが、自分の宗派がどういった教えなのかまでは知らないのであれば、それはつまり、その程度の宗派だということです。

そこで思うのは、この際、自分が何宗なのかは置いておいて、一度関心のあるお寺にお参りしてみてもいいのではないでしょうか。以前にも申しましたが、仏法は宗教の枠を超えて存在しています。
どうしても現代を生きる私たちは、宗教や信仰ということに偏見を抱いてしまうわけですが、宗派もその囚われの一つであるなら、それも一度傍らにおいてみてはということです。

現代において苦悩しない人間は一人もおりません。私たちは様々な苦悩を抱え生きています。そして、その苦悩は死ぬときまで続きますし、その死が最大の苦悩となります。ですから、様々な苦悩について、様々な分野の人たちが私たちの苦悩を取り除く方法を常に提案してくださっています。
病気という苦悩に対しては病院であったり、老いるという苦悩に対してはエステなどでしょうか。そういう様々な苦悩を抱える私たちに対して、様々なものが解決へ向けて努力してくださっているわけです。つまり、その一つにお寺があるんだと捉えてもらえたらと思うのです。

お寺というのは、今も昔も苦悩する私たちの現場であります。宗教とか信仰とか、そんな堅苦しくメンドクサイものとして考えずに、一つのお寺の見方として、今、苦悩するわが身を見つめる場としてくださればと思います。そこに宗派というものがあるのでしたら、なおさらそうだということですね。
仏法は、2500年以上経った今も変わることなく燦然と輝き続けています。仏法を取り巻く環境、特に僧侶は腐りつつあっても、仏法を聞くことができる最後の牙城「お寺」は、まだまだ皆様のそばにあり続けています。物理的にいってもお寺は、まだまだ全国のコンビニの数より多いんですから(笑)。そういったことも含んで、今よりもっと「お寺」が皆様の身近に感じてくだされば照恩寺冥利に尽きるというものです。

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